オーストリア国立ザルツブルク・モーツァルテウム大学

モーツァルトの名を冠し、世界最高峰のクラシック音楽学校として名高いオーストリア国立ザルツブルク・モーツァルテウム大学はザルツブルクの中心にキャンパスを構えています。

1500名の学生が40の学部に在籍し、世界各国から集められた500名を数える講師・教員の多くは国際的に著名な音楽家です。同校が保有する240ものピアノの多くはスタインウェイやベーゼンドルファーといった一流品で占められ、学生の練習やリハーサル、オーディションやコンサートに使われています。EU諸国出身者は学費が免除され、諸外国出身者も各学期僅か380ユーロですが、ごく限られた才能にのみ入学が許されています。

これまでの数年の間にわたって、同校は過去の重要なオーディション、コンサートや公演の記録物のアーカイブ作業をおこなってきました。メディア部門を統括する音響エンジニア、ピーターシュミット氏が同大学のアーカイブを担当します。

近年は音声に加えて映像情報の増加が顕著になってきました。単に演奏の模様を収録するだけでなく、映像は国際コンペティションに参加させる学生の人選のためにも選考委員会に活用されています。

「アーカイブは研究資料としての価値もありますが、さらに公演を収録したDVDを販売するなど商用活用もできます。将来にはHDコンテンツとしてオンライン販売されることになるでしょう」(Christoph Feiel,音響映像副部長)

■ オーディオからビデオへ

音響分野では常に最高峰の技術をふんだんに取り入れてきました。大規模な修繕拡張工事の間でも、最高の条件下での高品質音響収録を可能としていました。2006年には各棟をファイバーチャネル網で結び、ネットワークを利用して異なる複数のコンサートホールやスタジオの間でのレコーディングを実現させました。この研究では個別の機器ごとに隔絶された電源を取ることで、完全にハムノイズと無縁の収録が実現するという収穫もありました。

収録の軸となるのがコントロールルームAに設置されたLawo社のMC2 66コンソールです。

「映像に関しては音響とは対照的に、ほとんどDVCAMの2カメ体制で撮影したテープをFinal Cut Proでキャプチャするという初歩的なものでした」(Feiel氏)

旧式化したシステムは増え続ける収録に対応しきれなくなっていました。さらに大学内で大規模なイベントの収録が発生しても、対応できるポストプロダクションワークフローが確立していないという新たな問題も顕在化しました。

「大がかりで高度な制作やポストプロダクションはレンタルや外注に頼らざるを得ない状況でした」

折よく政府からの教育分野強化の決定を受け、諸問題の解決のために映像機器を拡張更新することになりました。

 

■ 計画ガイドライン

大学の映像チームが調査に着手したのは2010年。

「柔軟性に富み、スピーディーな制作が可能なシステムを必要とする我々は、まずフライトケースで学内のあらゆる場所で素早く設置できる可搬性を最優先しました。さらにアーカイブ手段も欠かせません。

ビデオカメラは舞台照明の低照度条件下での性能を重視しました。オペラで使用される舞台照明は、別途ビデオ収録用の照明を点けた上で収録専用の上演を行う場合もありますが、公演となれば収録チームは俳優の演技や観客の鑑賞の妨げとなる映像用の照明を利用することはできず、低照度下で一発勝負の撮影を余儀なくされます」(Feiel氏)

また、収録の失敗への不安が残るようなシステムでは技術部門の審査を通りません。そこで二重化による完全な信頼性が不可欠とされました。

「こうした要件をもとに予算編成までの間に、より具体的に細部への検討を続けることにしました」(Feiel氏)

■ ワークフロー概要

通常のワークフローであれば、ここまで柔軟性を重視したシステムを検討する必要はありません。モーツァルテウムのライブ制作は、他のプロダクション環境とは違った独特のものであり、常に変化するワークフローに臨機応変に対処できる柔軟性が求められます。ただし制作プロセスの本質は一般的なものであると理解できます。

収録は通常2カメから4カメで行われ、P2カードにAVC-Intraで収録すると同時に映像信号はライブスイッチャーに送られます。各カメラはCCUで調整され、ミキサーからは本線が出力されます。同時にスイッチャーの操作情報をもとに、ToolsOnAirのLiveCutがインストールされたMacにFCPのマルチカメラプロジェクトが生成されます。データストレージにはすべてのカメラからの映像が個別にProResで収録され、収録中のスイッチャー操作に対応した編集点をもとにしたFCPのマルチカメラプロジェクトが完成しているのです。このマルチカメラプロジェクトは収録直後にFCPで読み込むことができます。必要に応じてスイッチングポイントの微調整や修正を加えてフィニッシングすることで、編集工程の所要時間を大幅に短縮します。編集結果は完パケとして再生や保存、DVDへの出力、あるいは将来の利用のためにアーカイブすることができます。

 

■ 収録用ビデオカメラ

「従来の2カメ収録では、増え続けるマルチカメラ収録・制作に対応しきれなくなっていました。様々なカメラを低照度下や学校内のさまざまな設備との親和性について度重なる試用と検討を重ねた結果、スタジオカメラとしての機能が必要であるとの結論に達しました」(Feiel氏)
度重なる議論を経て、Panasonic AJ-HPX3100ビデオカメラ4式の導入が決まりました。2/3型CCD、AVC-Intra 100/50、DVCPRO HDでの収録に対応し、AG-CA300GカメラアダプターとAG-BS300ベースステーションの併用で、BNC端子の通常の同軸ケーブルと、DC電源の接続だけでプログラムと返し、インカム、タリー、マイクロフォンなどの必要な信号が接続でき、スタジオカメラとしての運用が実現します。


参考 AJ-HPX3100
(http://panasonic.biz/sav/p2/aj-hpx3100g/index.html )
参考 : ベースステーション AG-BS300
(http://panasonic.biz/sav/p2/camerasystem/index.html )

「すべてのカメラを接続してタイムコードに同期させることで大幅に利便性が高まりました。加えてカメラはすべてフォーカス、ズームを制御でき、HDでの的確な画づくりに貢献しています」(Feiel氏)

各カメラにはPanasonicのビューファインダーモニターを取り付けました。HDで的確なシャープネスを確保するには必要不可欠です。BT-LH910モニターは高輝度でコントラスト比の高いパネル画素1280x768を持っています。

■ マルチカメラ収録・撮影・編集

「ToolsOnAirのライブプロダクションシステムは前年のIBCから興味を持っていました。その制作スタイルと柔軟性は、思い描いていた将来像に近いものでした」
Feiel氏はToolsOnAirでの構築を決めます。

「LiveCut」で収録と同時にポスプロ工程がほぼ完了

livecutMacで動作するソフトウェアベースのライブ制作システムであるToolsOnAirのLiveCut(ライブカット)は、収録中のスイッチャー操作をもとに、ノンリニア編集ソフトウェアのマルチカメラプロジェクトを生成します。スイッチング操作やフェーダー操作をGPI接続で記録し、各カメラの信号をファイルとして収録します。

「カットリストはマーカー情報を伴って、すべてのメタデータとともに、収録ファイルと連携したXMLファイルとして出力され、FCPで読み込むことができます」オリバー・ジャーマン ToolsOnAir社 LiveCut プロダクトマネージャー

ライブ収録が完了するとともに、ライブ収録中の操作結果をもとにしたFinalCutのプロジェクトが完成しているのです。ですから即座に再生してプレビューしたり、細かな修正を加えるなどしてDVDやその他のメディアへの出力が可能です。共有ストレージを通じてメディア部門に商用タイトルのオーサリングのマスタリング工程に渡すこともできます。

「この制作スタイルのメリットは、上演の完了とともにポスプロ工程がほぼ完了していることにあります。編集工程をゼロベースから立ち上げるよりも、ほぼ完成した状態から開始できるので、時間を大幅に節約できます」(Feiel氏)

■ LiveCut そして Final Cut Pro X

livecut-screen2011年夏時点ではLiveCut はFCP7での利用に限定されていました。その春に発表されたばかりのFCP Xはマルチカメラ対応も未実装でしたが、ToolsOnAirは近日対応すると予測していました。FCP Xでのドラスティックな仕様変更により、ToolsOnAir社もAvidなどの他の編集ソフトウェアへの対応に動き出していました。

■ カートラックに組み込んだ移動式の収録制作システム

大学内に多数点在するコントロールルームやレコーディングスタジオ間の移動のために、可搬ラックに組み込まれた移動式の収録制作システムとして構築されました。

ラックは4セットに分割され、それぞれ次のように構成されています。

 

ラック1

 スイッチャー、天蓋部には分割表示可能なモニターを収容したフライトケース です。ライブスイッチャーにはSD/HD-SDI両対応、コンパクトなパナソニックのAV-HS400Aを採用。標準で4系統、最大8系統のSDI入力に対応。
「ラックに取り付けられたモニターには使用中の映像とともに、常に4台のカメラからの映像を同時に確認することができ、大変気に入っています」(Feiel氏)

http://panasonic.co.jp/corp/news/official.data/data.dir/jn080617-2/jn080617-2.html

ラック2

カメラコントローラと「デジタル・グルー」とも呼ぶべきモジュラー機器類とカメラのベースステーションが組み込まれます。Panasonicのカメラベースステーションを中心に、信号分配にBlackmagicDesign社のSmart Videohub、 フレームシンクロナイザーとしてAJA製FS1、Rosendahl製マトリクス、そしてMarshall製オーディオ・ビデオモニタなどの各種モジュ ラー端末をを収容しました。

ラック3

LiveCutがインストールされたMac、UPSが組み込まれます。LiveCutラックは電源トラブルの際にもすべての制作機器を30分間動作できるUPSを搭載しています。LiveCutが動作するMacProが3台ラックマウント設置され、各2系統の収録を行います。
「1台のMacだけで最大6系統のHD映像を収録することもできますが、安全性を重視し二重化させている」と同大学のシステム部のオリバージャーマン氏は説明しています。

ラック4

集中マシンルームに固定して据え置きされ、サーバーとアーカイブシステムを収容しています。マシンルームに固定されており、Xsanで構成された65テラバイトのRAIDストレージに映像音声を収録します。またXsanメタデータコントローラーがくみこまれています。学内に張り巡らされたファイバーチャネル網で接続されます。



それぞれのラックをすばやく確実に接続するためにマルチピンコネクタケーブルを採用しました。

「各ラック間を接続するケーブルは、米国のWireworks社製のHD-SDIに対応したマルチピンコネクタケーブルを採用し、満足に稼働しています」(Christoph Feiel)

      

■ 収録の流れ

安全のために収録は常に二重化されています。
1つはLiveCutを使ってカメラからの信号を直接サーバーにApple ProResで収録します。収録時間などに応じて圧縮率を変えて画質を調整します。
2つめには、AVC-Intra 100または50Mbpsでカメラ内のP2カードに収録し、いわばバックアップとして利用します。カメラはTC同期されているので、カメラ側で収録された素材もLiveCutのオフライン機能をつかって比較的簡単にLiveCut側の編集ポイントを利用できます。これにより万一サーバー側の収録容量などに問題があった場合でも編集をおこなうことができます。

■Archiware PresSTOREを使ったアーカイブ

コストパフォーマンスに優れたアーカイブシステムを望むモーツァルテウムに対し、ToolsOnAir社はToolsOnAirやFinal Cut Proとの親和性が高いArchiware社のPresSTORE 4をQuantum社のLTO5ドライブとともに提案しました。
バックアップとアーカイブを同時に実現するために、Quantum Super Loader LTO-5自動チェンジャーを2式使用し、それぞれバックアップ、アーカイブ専用機としています。
「PresSTOREの優位性は、FCPからメタデータを読み込み、増分バックアップができることです」とFeiel氏は導入に至る背景を説明しています。
加えて、バックアップには膨大な容量を必要とせず、LTO5テープを使って比較的低コストで実現しています。
過去にモーツァルテウムで収録されたSDコンテンツは8テラバイトを数え、18ヶ月の間に4テラバイト増加しました。最近のHD制作では収録ごとに1.5テラバイトを必要とするため、有効なアーカイブソリューションの導入が必須とされていました。



■ 実戦投入を経て

こうして2011年6月、ToolsOnAir社とヴィエナ・コマーシャル・プロフェッショナルAVシステム社とパナソニックの3社が連携して構築したLiveCutを中心とした新しい収録制作システムがモーツァルテウム大学に完成しました。

導入後、モーツァルテウム・オルフ学会の4日間のシンポジウムで、演奏や会議を2カメから4カメによる収録・編集に活躍しました。会期を通じて5テラバイトのデータを収録することができ、新しいシステムのパフォーマンスには非常に満足しています。(Feiel氏)